おしゃべり部屋

2013年4月24日 (水)

ご参拝の皆様へ(はじめに)

 ようこそお越しくださいました。当社では以下の方のご参拝を固くお断りしております。

 一. 着ぐるみに対してご理解のいただけない方

 二. アダルト系のコンテンツを含むブログにリンク・トラバされる方

 三. その他、ふさわしくないと当方で判断させていただいた方 (コメントを削除したうえ、場合によっては出入り禁止処置をとります)

  なお、本社における記事・写真・コメント等のコピーライトはすべて当社に帰属します。あらかじめご了承ください。引用の際はご連絡くださいますようお願い申し上げます。また、いままではこちらから自主的にちょこちょこコメントをさせていただいておりましたが、今後基本的には当社へコメントをしていただいた方、並びにご招待いただいた方のブログにしかコメントいたしません。その分、内容をより一層充実させていこうとおもいますので、ご理解ください

 メールによるご意見・ご要望はnagumokasumiあっとyahoo.co.jpまでお願いいたします。(あっとを@に変えてね)

 本日はようこそお参りくださいました。

 社務所

2008年12月 3日 (水)

ευρηκα なできごと

 長い間思い悩んでいた疑問の一つが、今日とうとう氷解しました。

 まあ、少し前あたりからそれとなく理解しつつあったのですが…。

 それはなにかといいますと、「なんで法華経が大事なの?」という疑問でして…。

 日本の仏教史を「かなり粗く」みていくと、最澄以来、法華経っていうのが日本の仏教史のなかでかなり大きな地位を占めているようですよね…。 

 法華経を重視する日蓮宗なんて、その最たるものですしね、他の宗派も天台宗の教義の影響を受けている分、なんらかの形で「法華経」にかかわっている気がして…。

 また霞お得意の「勘違い」…ですかね…?そうならいいんですけど…。

 霞は仏教史は日本のことしか勉強(それもちょっとやってみるか的にはじめたばっかり…、あんまりつっこんだことはしていない)してないので、いままで気がつかなかったらしいのですが、どうやら、法華経のことを考えるためには、日本の仏教史だけに目を奪われていたらいけないらしい…ということがわかりまして…。

 法華経のことについて調べるには、どうやら中国の、天台(法華)宗の宗祖智顗にまでさかのぼらないといけないようです。

 そこで、智顗についてちょっと調べてみたわけです。そしたら一発でわかりましたよ~。いや~やっぱり視野を広く持たないといけませんね~。

 古代中国で、仏教がある程度普及してくると、伝えられた経典の多さから仏教の教えがあまりにも多様化してしまい、どれが真実の釈迦の教えかということが問題になりました。

 そこで、経典の内容が種々異なるのは、釈迦が教えを説いた時期や内容が異なるためという考えが流行しました。

 このような流れの中で、既存の経典を分類し、その中でどれが最高の教えであるかを明らかにしようという動きが盛んになっていきます。

 このような動きを教相判釈(きょうそうはんしゃく)といいます。

 天台智顗が出家した当時、まさに世の仏教の流れはこういう方向に流れていました。

 そこで、若き日の智顗も、このような判釈を行うようになるのです。

 彼は、最初に釈尊が悟りを得てすぐに。華厳経を説いたが、その教えは他の人が理解するには難く、理解できる人がいなかったと考えました。そこで、次に釈尊がより平易な阿含経を説いたと考えました。

 その後、釈尊が、人々の理解の割合に応じて方等経、般若経が説き、最後の8年間で法華教と涅槃経を説いたのである、という風に考えました。

 また、智顗は、涅槃経に対しては、法華経とほぼ同内容であり、その真理は既に法華経で明かしており、法華の救いに漏れた者達のために説かれた教えにすぎない、という位置づけをしました。そのため、涅槃経を法華経と同じ釈尊の哲学の最終形態としてとらえ、法華経を最高の真理を説いた経典として重視するに至ったのです。

 このような考え方を完成させたのち、智顗は、「天台法華宗」を開きます。

 その後、唐で天台宗を勉強した最澄によって、五時八教の考え方が日本にももたらされることになるのです。そして、比叡山を中心として研究されるようになるのです。

 ただ、比叡山においては、あくまで、「法華経」を最高の経典ととらえつつも、他の経典の研究も行われていました。

 そのような下地があったからこそ、後に比叡山からさまざまな宗派が生まれることになるのです。

 ところが、日蓮上人が顕れると、彼は、「法華経」こそを真実の経典とし、それ以外の経典を徹底的に否定するようになったのです。(これが「折伏(しゃくふく)」といわれ、後の時代まで、日蓮系の宗派が批判される要因のひとつになります。)

 こうして、法華経が、日本の仏教文化のひとつの大きな影響を与えることになるのです。

 あたしが、はじめて、五時八経の考えに触れたのは、内村鑑三の著した『代表的日本人』の日蓮のことについて紹介している文章を読んでいたときです。ただそのときは、具体的な出典が不明だったので、しばらく放置していました。ところが最近になって、ちょっと中国の仏教について調べてみたときに今回のような収穫があったわけです。

 何度も言うようですが、やっぱり視野は広くもたなあかんね~…^^;

 きっと、仏教を専門に勉強されてきた方には“あたりまえ”のことなんでしょうけど、霞は、こんな“あたりまえ”なことに気がつくのにも時間がかかるんです… ごめんなさい…;;

 それにしても、今日はちょっとしたアハ体験をしてしまいました~^^。

 今夜のお酒もおいしく頂けそうです。-人- 合掌

2008年12月 2日 (火)

神道研究のお勧め本

今日の一冊はこれ↓

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神道入門 日本人にとって神とは何か (平凡社新書)

著者:井上 順孝
販売元:平凡社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 一体、「神道」ってなんなんでしょうか?

 宗教なのか、宗教でないのか?宗教だとしたら、具体的にどんな教義で、どのような教典に基づいているのでしょうか…。

 本書は、このような疑問から真正面に答えてくれる本です。

 筆者の井上さんは、神道(特に近世)をご専門とする宗教社会学者。「見える神道」「見えない神道」、「宗教メーカー」「宗教ユーザー」などといった独特かつも簡潔な表現で、神道の歴史、諸制度、儀礼などをまとめております。

 とくに神道そのものだけではなく、メディアや企業、学校教育との関連性をも言及しているところは素晴らしいと思います。

 特に「教派神道」の成立について書かれている箇所は、霞にとってすごく勉強になりました。

 難しい、わかりづらいものを簡潔に理解し、それを他人に簡潔に理解させる能力を持つ人を、霞は頭のいい人だと考えていますが、この筆者なんてまさに、「頭のいい人」だとおもいます。

 一度のみならず、二度三度繰り返して読んでみたい。 久しぶりにそう考えた書籍でした。        

2008年12月 1日 (月)

検査、無事終了しました。

 どうも、本日二回目の更新、霞です。

 検査の方、いってきましたよ~。

 なんかお腹の方に、ジェルみたいなの塗って、機械を当てて、内臓の様子をみる“アレ”です…。妊婦さんなんかがよく検査されているのをTV等でみたことありますが、まさか自分がされるなんて…気分はすっかり妊婦さん!?

 うん、それにしてもこの年でお腹を見られるのはちと恥ずかしい…><

 さて、結果の方は………………………………

 今のところ、異常がないそうです^^;

 確かに、血液検査の結果は、肝臓の部分の数値が異常に高いのですが、超音波検査の結果、とくに異常なしと…。肝臓に脂肪がつきすぎているわけでもないし…。

 お酒の方も、まだ許容量らしいので、その線も一応大丈夫だそうですが、「ほどほどに」とくぎを刺されちゃいましたね…。

 肝臓だけがどうして、こんなに異常な数値を出すのかは、一切不明…(原因不明の奇病かもw)ということで、現段階では、経過観察いうことになりました…。

 霞のこと嫌いな方、残念でした。:p

 そして、霞のこと心配してくれた方、本当にありがとうございました。m(--)m

 残念ながら、霞はもうちょっと生きれるみたいです…………

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検査前

皆さん おはようございます、霞です~。今日から12月ですね~^^

はやいもので、今年もあと残りわずかになってしまいました…

霞の方は、今朝は、超音波検査の直前… 意に反して早起きしてしまったのですが…。

検査が終わるまでごはん食べれないーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

で、検査が始まるのが10時から…。その間 二度寝でもしてまってようかなーっとおもいましたが、お腹がすいてかえって寝れないーーーーーーーーーーーーーーーwwwwwwwwwwwwwwww

うう…、つらい…;;

家族が食事しているところにいるだけでもつらいです。

…まあ、ともかく、今日も皆さんが素敵な一日を送れることをお祈りしております^^;。

2008年11月30日 (日)

くやしいよう ><

 昨夜からすごい嫌な予感がしてたんですけど…

 今日はすごい風&大雨でした。

 こういう最悪なコンデションのなかでは、テンションも上がらないし、第一、調べることもできないだろうなあ… なんておもいつつも、せっかく買った切符がもったいないので、朝起きして、苦手なお弁当をつくっていってきました…。

 お金がもったいなかったので、バスを利用するつもりはなかったのですが、結局不慣れな土地で雨の中歩き回るというのは危険であると判断したため、バスに乗っちゃいました…。

 ところが、すぐ近くまで来たものの、なかなか目的の場所がわからず、雨で交通量が少ないせいもあって、人にも聞けずじまい…。 挙句の果てには写真を撮り始めたらデジカメのバッテリーがなくなるし…。それでも目的の場所にはなんとかいこうとおもい、ヨーカドーの開店までまって、そこでバッテリーを買ってから、強風の中、「居多神社」というところに行こうとしたのですが、風で傘がぶっ壊れたので、結局引き返してしまいしました…。こういう悪いことが重なるときって、たとえそのまま続けてもろくなことないから…。でも、さんざん散財しておいて、収穫なしってのもくやしいので、ようやく開いた地域の観光所で、正しい情報を得て、もうひとつの目的場所にはちゃんといってきました。

 今振り返ってみると、大分見落としている部分もあるし、調べ足りないところもある…。

 これはもう一度、やりなおしかな… ><

 一日無駄にはしませんでしたけど、なんか、くやしい ;;

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  ※ 霞の場合は、基本的に「調べごと旅行」は一人で行っています…。

 だから、こういう雨の日とかの神社やお寺に行くのはとても気持ちのいいものではありません…。

 こういう想いをすると、流石に、なんでこの分野専攻してんだろう…と、やめてしまいたくなります…。やめませんが(笑)

2008年11月29日 (土)

山登ってきました…

 みなさん、こんにちは。 現在 調べごと旅行中なため、更新がかなり遅くなっている状態の霞です…。

 いや 今日は大変な一日でした。 “あること”を調べるために、某お寺までいってきたのですが、さらに深く答えを得るためには、近くの里山にまでいかないといけないことがわかりまして…。

 その里山は昔山城が置かれていたところだっただけに、急な坂道が多くて、結構大変でした。

 途中で道間違えるし、何度か遭難しかけました…><

 ああ、昔、岐阜城までいって、山城の洗礼は受けていたはずなのに…。

 (ちなみに霞の住んでいた町は平城しかなかったので、つい最近まで、霞の中では、城=平城という安易な考えしかありませんでした…^^;)

 そのあと、まっすぐ帰って別の神社を調べる予定だったのですが、近くにかなり大きなお寺があることがわかり、そこへ参詣に…(といってもお堂自体はしまっていましたが…)

 ということで、帰りはかなりぐたぐた状態…。おまけになかなかいい接続の電車がなくて、結局予定した神社にはいけずじまい…。

 最も仮りに行ったとしても、その神社自体また山の中にあるので、疲労のため、今度こそ本当に遭難していたかもしれません ><

 ま、でも山の頂上からみた景色に癒されたので、あんまりへこんでいませんが…。

 やっぱり、頂上からの景色は、きちんと最後まで山を登り終えたものの御褒美ですかね~^^

 明日は朝からまた遠出することになっているのですが、今現在、雷や雨の音が続いています。

 心配になって調べてみると、やはり明日霞が行くところは雨だとか…><

霞にとって、大事な日に雨になるのは、いつものことですが、いくら調べごととはいえ“雨の日の社寺”に行くほど気持ちの悪いものはない…。

 それでも行かねばならない…。 

 やっぱ、あたしこの分野、むいてないのかなあ…。

 なんとなく泣きそう…;;。泣かないけど(笑)。←どっちやねん!!

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こういうとこ 頑張って登ってきたんだよ~♪

                                                      

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頂上にて。 この景色の素晴らしさは最後まで登ったものしかわからない!!

 

 

2008年11月28日 (金)

今日は親鸞聖人の祥月命日です

 今日は、浄土真宗の祖師、親鸞聖人の祥月命日です。東本願寺では21日から、8日間、「報恩講」と称して、親鸞聖人の法要を執り行いますが、11月28日にあたる今日は10時から「御万座」が行われる予定です。

 親鸞聖人は弘長2年(1262年)11月28日、90歳の生涯を京都でとじました。

 その後、親鸞聖人の残した徳をしのび、毎月28日に門徒たちによって、お念仏の集まりが行われるようになり、これが本願寺第三世の覚如上人によって整えられたものが「報恩講」のもとになったそうです。

 親鸞聖人は仏教を民衆レベルにまで布教させた僧侶として日本仏教史において重要な人物であり、昔からさまざまな研究者、小説家によってその人物像が語られてきました。

 特に現在の日本で最大の信徒を抱えている宗教が仏教のなかでも浄土真宗。

 さらに、明治時代以降、さまざまな事情で北米や南米に散らばっていった日系移民たちの多くが浄土真宗を信仰し、各地に真宗系の寺院を多くつくりました。

 もちろん、宗教史といっても、人間が作る歴史なので、当然光と陰の部分もあります。

 それでも、今日も東本願寺・西本願寺には世界の様々な地域から、人々が参詣におとずれるのです。

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2008年11月27日 (木)

我想泰国的内憂…

 今日のニュースをみて驚きました。 今、暴動で、タイの空港が閉鎖されているとか…。

 急いでYahooのニュースで確認しました。

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081126-00000064-yom-int

 あたしにはタイの友人が多くいるのでちと心配…。特に親友の一人はご家族が政府がらみの仕事をしている方なので、余計に心配…。 この間のいざこざといい、一体タイで何が起こっているというのでしょうか…。

 タイの人たちは、タイが本来「微笑みの国」といわれているように、陽気な人たちが多く、スマイルが似合う国です。タイの友人と一緒にいるとこちらまで明るくなって、優しくなってしまえる、そんな不思議な魅力があります。

 確かに、ちょっと時間にルーズなところとか、そういうところもあるけれども、一緒にいるとのんびりしていて、日本やアメリカのあわただしい日常生活を一時的に忘れさせてくれます。

 あたしが知っているタイの人たちは、フレンドリーで、のんびりしていて、ちょっと抜けていて、でも根はやさしくて…。

 それなのに、ここ最近、タイの情勢、ちょっとピリピリしてる気がします…。

 自分たちの主張を通すために、空港を封鎖して、首相を締め出そうとするばかりか、全く関係ない旅行客にまで迷惑をかけて…。

 首相も首相で、現政権が民衆に支持されてないんなら、意固地になんかならなくたってとっととやめてしまえばいいのに…。

 まあ、きっとお互いが譲るに譲れない、言い分があるんでしょうけど…。

 丸投げしなくていい政権が丸投げしてしまったり、民衆に支持されていない政権がその権力に執着してしまったり…と、なかなかうまくまとまらないようですね…。

 うーん、政治は難しい…。

 まあ、霞は所詮、「外国人」なので、タイの人の反政府側の主張も、政府側の主張もどんなにがんばって理解しようとしても、理解できないんだと思いますけど…。

 それでも空港で、足止めされている旅行客に、食事のサービスをふるまっていたなんていうのをきくと、まだ暴動を起こしている、タイの人の優しさをかんじとってしまったり、ラジバンダリ…。

 一刻も早く、かの国の政治情勢が回復して、仏陀の教えを大切にする「微笑みの国」に戻れることを遠い東の島国の片隅から、お祈りしている霞なのでしたー。

2008年11月26日 (水)

今死ぬんならしょーがない…

 皆さん、こんにちは、 霞@検査結果待ち中 です。

 いやあ、なにってね…。夏前に受けた血液検査で、ひっかかってしまったところ(肝臓)があって、病院に再検査しにいってきたわけですよ(笑)。

 結果はまだわからないし、一応、肝炎(ってなんだ!?)の恐れもあるそうなので、超音波検査のために後日再来することを指示されました…><

 ああ、この年になると、若いころの不摂生が体に出てくるようで…。

 アルコールの取りすぎかなあ…。

 最も、お医者がいうには、「脂肪がありすぎると、肝臓に脂肪がつくこともある」そうなので、その線も考える必要があるとかないとか…。

 ま、どっちにしても、今の生活改めないと、人生の意義を見出す前に死んでしまうよ(アダム・ベイリン風)ってことですかね。

 普段、生に対する異常な執着を持っている人間がいうのもおかしいかもしれませんが、自分の意思と関係ないところで死ぬのなら仕方がないかな?っておもっています。

 なんだかんだいったって、死亡率は100%だし、自分がいつ死ぬのか、どういう風に死ぬのかなんてわかりませんしね。

 残された人のこと考えると確かにつらいけれど、死んでしまったら多分、それすら感じなくなると思うし。

 これに関して、古代ギリシアの哲学家のエピクロスも、「死はわれわれにとって無関係である。なぜなら、われわれが現在するときには死は現在せず、死が現在するときにはわれわれは存在しないのだから」みたいなことをいってますしね。

 なんだかんだいって、死んでしまって、どこか別の世界にいくことになっても、霞なんかは単純だから、それはそれで、その世界にいることを満足してしまいそうw

 またもしかりに、死後の世界なんか存在してなかったとしても、それはそれで、何も感じないんだから、別にいいと思います。

 霞は、生きている間はそのことを楽しみ、死んでからのことは死んでから心配しようとおもってます。

 何しろ、お酒は止められないしねw

 霞は、自殺は絶対に出来ないだろうけど、自然死ならば、それは「寿命」だからしょーがないと考えています。

 んでもって、

 お酒を飲み続けると体に悪い

 ↓

 体に悪くてもお酒はやめない

 ↓

 これ以上飲み続けると死ぬかも知れない

 ↓

 お酒で死ぬのは自然死だw

 ↓

 自然死ならばそれは寿命だ

 というめちゃくちゃな論理w

 今日もまとめようがありませんw ORZ

  

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